アケメネス朝

【アケメネス朝】

偉い人「お主らアケメネス朝はリディアや新バビロニアを滅ぼし、今やエーゲ海からインダス川までのオリエントを統一しそうである」

偉い人「しかし!仮に武力で統一できても、ただの力による支配だと、様々な文化や言語がひしめくオリエントでは、すぐさまに反乱が起きて、アッシリア王国のように滅びてしまうぞ」

偉い人「お主に全オリエントを同じ方向に向かせる答えはあるのか?」

ダレイオス1世「答えは・・・ある!!!!!!!!!!」

偉い人「面白い。では聞かせてもらおうか」

ダレイオス1世「王による支配でなければいい」

偉い人「では誰が支配するというのじゃ!?」

ダレイオス1世「だ!!アケメネス朝は法による法治国家となる!!!!!!!!」

偉い人「!?!?!?!?!?王まで法の下だというのか・・もはや、それでは王国とは言えぬぞ・・・」

ダレイオス1世「小事だ!!!!!!!!!!!!!!」

偉い人「ぐふぅ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

(´・ω・`)「なんかこの流れどっかで見たことある・・・・・・・・・・・・・」

(´・ω・`)「あ!キングダムだwwwwwww」

エジプト人「エジプトは俺らが直接、政治やったほうが上手くいくと思うんやけど」

ダレイオス1世「ええんやで!!!(*´▽`*) でも一応監視は置いとくな。法律は守ってな!!」

ユダヤ人「ユダヤ教開きたいです」

ダレイオス1世「ええんやで(*´▽`*)」

フェニキア人「海上貿易は続けてやらせてほしいフェニ」

ダレイオス1世「ええんやで(*´▽`*)」

イラン人の王国であるアケメネス朝メディアに従属していました。しかし、BC552年にキュロス大王のときメディアを滅ぼし、続いてリディア・新バビロニア(新バビロニアに捕囚されていたユダヤ人はこのとき解放される)を滅ぼして広大なアケメネス朝を建国しました。イランではキュロスは「イランの建国者」とされています。また、BC525年にはエジプトを征服します

ダレイオス1世のとき、アケメネス朝はエーゲ海からインダス川までの領土を支配し、全盛期を迎えます。ダレイオス1世は“法による支配”での国の統一を目指しました。全国を20の州に分け、各国に知事(サトラップ)を派遣し、その知事を中央の監視官が監視(王の目、王の耳)することで、中央集権体制を保ち、スサから小アジアのサルデスまでの道(王の道)を設け、駅伝制を整備しました。さらに、港湾の建設や貨幣の鋳造、度量衡の統一など古代専制国家としての形態も整えていきました。また、ダレイオス1世は多民族や宗教に寛容でフェニキア人の海上貿易を保護したり、アケメネス朝の国教はゾロアスター教であったが、ユダヤ教などの信仰も認めました。そのため、公用語はペルシア語でしたが、アラム人の使用するアラム文字やアラム語など様々な文字や言語が使われました。他にも、ダレイオス1世は政治の中心のスサのほかに、祭儀のための都、“ペルセポリス”の建設に着手しました。ダレイオスから3代かけて作られたベルセポリスの都には壮大な宮殿が立てられ、毎年多くの人が参拝しましたが、アレクサンドロス大王に焼かれて、人々に忘れられていきます。

ダレイオス1世は前500年のイオニア地方の反乱を機に、4回によるギリシア遠征を行い、アテネを中心とするポリス連合と戦います。(ペルシア戦争) しかしこの戦争は失敗。その後もダレイオス一世の後を引き継いだクセルクセス1世などが、ギリシアに干渉を続けますが、国力が低下していき、前330年にペルシアに進行してきたアレクサンドロス大王に滅ぼされます。

ササン朝

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