朝鮮戦争(5)

【膠着状態へ】

国連軍「再びソウル奪還!なんとかまた北緯38度まで帰ってきたぜ」ゼェゼェ

国連軍「でもなんか相手の陣地に塹壕できてる!?( ゚Д゚) 中朝兵も増えてるし・・・」

国連軍「これ以上進める気しないわ・・」

中朝軍「経験値高い古株の兵ほとんど失ってもた・・補給線保つのも厳しい」

中朝軍&国連軍「動けねぇ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

国連軍は3月14日に再びソウルを奪還しました。しかし、その後、多少の動きはありましたが、二年以上38度線付近で膠着状態となります。第一線では偵察や警戒が昼夜を問わず行われ死傷者が出ない日はなかったものの両軍ともに大規模な作戦は行われませんでした。

【マッカーサー解任】

マッカーサー「徹底的に中国を叩きのめすぞ!!!!」

トルーマン大統領「そろそろ落としどころ考えようかな・・ってあいつ何言ってるねん!?( ゚Д゚)」

マッカーサー「あ、トルーマン大統領!原爆落としましょうよ!原爆!(#^.^#)」

トルーマン大統領「お前最近調子乗りすぎや(; ・`д・´)」

トルーマン大統領「You are fired!!!!! Go home!!!!」

マッカーサ「うぅ・・軍人はもう引退や。」

膠着状態となると、国連軍総司令官のマッカーサーは政府の許可なしに「中国軍を徹底的にたたきつぶす」と発言し進撃の命令をしたり、政府の意向に沿わない原子爆弾の使用を提言したりと、ソ連を巻き込んで第三次世界大戦を起こしかねない暴走が目立ち始めました。そのため、トルーマン大統領は1951年4月11日にマッカーサーをすべての軍の地位から解任。国連軍総司令官の後任は第10軍司令官のマシューリッジウェイ大将が着任しました。その後アメリカに帰ったマッカーサーは退任演説をし退役。軍歴を閉じました。

【停戦協定】

アイゼンハワー大統領「新しい大統領やで!(#^.^#) そろそろまじで休戦するで!」

ソ連「スターリンさん亡くなってもた・・そうしよか・・」

ソ連&アメリカ「休戦協定成立!!」

李承晩「俺は認めへんで!!(; ・`д・´)」

1951年6月からソ連の提案で停戦協定が模索されましたが、双方が利益を少しでも有利な条件の停戦を要求するため交渉はなかなかうまくいきませんでした。しかし、1953年に入ってアメリカの大統領がアイゼンハワー大統領に変わり、ソ連のスターリンが死去すると情勢は一変。38度線近辺の板門店で北朝鮮、中国軍と国連軍の間で休戦協定が結ばれ、三猿続いた朝鮮戦争はひとまず終結しました。しかし、「北進統一」に固執した李承晩はこの停戦協定を不服として調印式には参加しませんでした。

【朝鮮戦争時の日本】

日本「朝鮮特需うめぇwwwwwwwwwwwwwwwwwwwww」

朝鮮戦争によってもたらされた特需によって日本は驚異的なスピードで戦後の復興が進みました。

【朝鮮戦争まとめ】

首都を取られて、取り返して、逆に取ったりと歴史的に見ても動きの激しい朝鮮戦争ですが、この朝鮮戦争は現在もまだ終わっていません。あくまで停戦中なので韓国も北朝鮮も常に戦時中というわけです。そのため、いつでも戦争に行けるように韓国も北朝鮮も「徴兵制」が施行されています。朝鮮戦争は朝鮮半島に多大な被害をもたらしただけではなく、南北の国民に感情的な対立を残しました。いつの日かどちらかの国が38度線の停戦ラインを破り、再び戦争が起こる日も来るかもしれません。

竹島問題についてわかりやすく解説

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