第二次中東戦争(スエズ戦争)(2)

【作戦会議】

1956年10月24日

イギリス「よっしゃ、じゃあこういう作戦で決まりやな」

イギリス「まず、10月29日にイスラエルがエジプトに侵攻や!!」

イギリス「侵攻が始まったらすぐに俺とフランス君でエジプトとイスラエル君に即時停戦とシナイ半島からの撤退を要求する」

イギリス「まぁ当然エジプトはこの要求を拒否するやろなぁ(ლ ^ิ౪^ิ)ლ」

イギリス「そうしたらこっちの勝ちや!エジプトへの制裁として英仏で軍事介入する!!」

フランス「平和(笑)の名のもとになwwwwwwwwwwwwwww」

イギリス「そのあとはスエズ運河より西にエジプト軍を追い払ってスエズ運河を平和維持(笑)の名目で英仏軍が運河地域に駐留!」

イスラエル「で、その隙に我々イスラエルはシナイ半島を占領するとwwww」

イギリス「いえす!完璧だな(#^.^#)」

フランス「うむ」

イスラエル「異議なし」

英・仏・イスラエルは1956年10月24日にエジプト侵略作戦の最終的な打ち合わせを行いました。その作戦は次のようなものです。

  • 10月29日にイスラエルがエジプトに侵攻します。
  • 英仏両国はイスラエルとエジプトに即時停戦、シナイ半島からの撤退を要求します。
  • 自国の領土から撤退するわけがないので、当然エジプトはこの要求を拒否します
  • 英仏はエジプトへの制裁としてエジプトへ軍事介入を行います
  • 英仏軍がスエズ運河まで侵攻したところでスエズ運河に平和維持の目的で英仏軍を駐留させます。
  • その間にイスラエルはシナイ半島を占領します

この作戦がうまくいけば、英はスエズ運河を取り返すことができ、イスラエルもエジプトのシナイ半島を手に入れることができます。果たしてこの作戦はうまくいったのでしょうか。

【イスラエル軍侵攻】

イスラエル軍「よっしゃぁああああああああああ!!!!!!!!!!いくでぇえええええええええええええええええええええええええええええ!!!!!!!!!!!」

エジプト軍「こいつらつえぇええええええええwwwwwwwwwwwwwwww」

1956年10月29日にイスラエル軍は国境を越え侵略を開始しました。英仏の武器の支援に加え、第一次中東戦争で鍛えられたイスラエル軍に押されて、エジプト軍は防戦一方となり撤退を繰り返しました。

【平和的軍事介入(笑)】

イギリス「こらーおまえらー争いはやめろー」(棒読み)

イギリス「お互いスエズ運河より16km内陸にさがりなさい」

イギリス「その間は僕とフランス君がスエズ運河を見張っといてあげるからさ^^;平和の名のもとに(笑)」

エジプト「ふぁっ( ゚Д゚) そんなの受け入れられるわけないやろ(; ・`д・´)」

イギリス&フランス「よろしい。ならば戦争だ」

イスラエル「計画通りwwwwwwwwwwwwwwwww」

10月30日にイギリスからイスラエル、エジプト両国がスエズ運河より16km内陸に軍を撤収するよう、もし従わないならば武力で運河の安全を確保すると通達しました。この時点ではイスラエル兵はスエズ運河に遠く及ばないシナイ半島にいたため、実質的にはスエズ運河からエジプトに撤退しろという内容でした。当然エジプトのナセルはこの通達を拒否。英仏の計画通りでした。

【英仏動く】

英仏「爆撃爆撃♪」

エジプト国民「英仏が鬼畜すぎる・・・・ナセル支持や“”“”」

10月31日から英仏による爆撃がエジプト各地の空軍基地にい行われました。スエズ運河を強奪するために行った英仏の卑劣な手を見たエジプト国民はナセルを猛烈に支持。しかし、英仏軍は11月5日、スエズ運河の西岸ポートサイドのエジプト軍を急襲。エジプトの降伏は目前でした。

第二次中東戦争3

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