パレスチナ分割案とイスラエル独立宣言(2)

【イギリス パレスチナを放棄する】

 

ユダヤ人たち「ドイツのホロコーストでいじめられた(T_T)/~~~うえ~~~ん」

世論「ユダヤ人たちかわいそう。イギリスもユダヤ人の国作ってやれよ」

アラブ人「おいイギリスわかってるだろーな。テロルぞ。」

イギリス「も~~~無理(#^.^#)」

イギリス「あとは国連に任すわ!ww」

第二次大戦時に起こったホロコーストによってユダヤコミュニティは大打撃をうけます。アメリカを中心とした世論はユダヤ人たちに同情。世界は「ユダヤ人のためにパレスチナに国家を作ってあげよう」という流れになりました。しかし、それをアラブ人たちが許すわけがありません。ホロコースト問題はあくまでヨーロッパでの問題でパレスチナに住んでるアラブ人たちには関係ないので当然です。そんな中で1947年2月にイギリスはパレスチナ問題を解決する力は自国にはないとしてパレスチナを放棄。パレスチナ問題解決を国連にゆだねると宣言しました。

【国連のパレスチナ分割案】

国連「よっしゃ!あとは任せろ!」

アメリカ「せやな!」チラッ

国連「パレスチナをユダヤ人とアラブ人の土地に分けるで!」

アメリカ「いいね」チラッチラッ

国連「ユダヤ人にはパレスチナの土地の56%を与える!しかも、水資源が豊富で農耕に向いてるところや!」

国連「それと、聖地のあるエルサレムは国際管理下に置く!」

国連「これでいこう!!!!!(アメリカテラコワス)」

1947年、国連はパレスチナ分割案を提示します。パレスチナ分割案の内容は明らかにユダヤ人に有利なものでした。ユダヤ人にあてられた場所は水資源が豊富な農耕などに向いている場所なのに対してアラブ人に対しては砂漠に近い領域しか認められなかったのです。その背景にはアメリカによる強烈な後押しがありました。

【なぜアメリカは後押しするのか】

マスコミ「なぜトルーマン大統領はユダヤ人の方を持つんですか?」

トルーマン大統領「アラブ人の肩を持っても票にならんだろwwww」

アメリカでは1947年の次の年には大統領選挙が待っていました。再選を果たすには政界や財界、学会で活躍しているユダヤ人の票が不可欠です。そのためアメリカのトルーマン大統領はパレスチナ分割においてユダヤ人の肩を持ったのです。

【多数決】

国連「ていうわけで分割案の投票するで(#^.^#)」

賛成33票 反対13票

国連「はいっ!てことで分割決定(#^.^#)」

アラブ諸国「ふざけんな!!!闘ってでも止めてやる!!」

1947年11月に行われた国連総会の投票では大国、アメリカとソ連を含めた33か国が賛成、イスラム系の国を中心とした13か国が反対、棄権が10か国、欠席が一か国でパレスチナ分割案は可決となりました。これに対してアラブ諸国は大反発。決議の翌日からパレスチナはアラブ人によるユダヤ人への焼き討ちや襲撃が多発し、それに対してユダヤ人が反発。内戦状態のような状態となり、アラブ連盟はパレスチナ分割を武力で阻止すると声明しました。

【イスラエル建設宣言】

ユダヤ人「よっしゃぁああああああああああああああ!!!!!!!!!!!ついに夢見た俺たちの土地や!!!!!!!!!!!!!」

ユダヤ人「次いでにユダヤの国・イスラエルの建設宣言しちゃうで!!!!」

アメリカ「イスラエル? OKOK!! ノープロブレムだよ!」

ユダヤ人「てことでイスラエル誕生や(#^.^#)」

アラブ諸国「プチン(#^.^#)(爆弾袋の緒が切れた音)」

ユダヤ人たちはパレスチナの56%を分割案によって認められましたが、一部のユダヤ人はそれにも満足せず、1948年5月にイギリス委任統治が終わると同時に、ユダヤ人の国家・イスラエルの建設宣言を行いました。アメリカはそれをすぐに承認します。そしてついにアラブ諸国の堪忍袋の緒が切れ、ついに第一次中東戦争が始まります。

【パレスチナ分割とイスラエル独立宣言まとめ】

いまだに終わっていないパレスチナ問題の序章であるパレスチナ分割とイスラエル建設宣言についてまとめてみました。この先パレスチナを巡ってイスラエルとアラブ諸国は対立していくことになります。

第一次中東戦争1

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