ネルソン・マンデラ(4)

【それでも続くアパルトヘイト政策とそのわけ】

南アフリカ政府「まだまだ黒人をだんあt・・じゃなかった白人と黒人を分離していくで(*^-^*)」

西側諸国「だから差別とか弾圧は良くないって(。-`ω-)」

南アフリカ政府「差別じゃないですって!それよりも黒人の組織のANCって組織ありますよね??」

西側諸国「ん?それがどうした?」

南アフリカ政府「実はANCはソ連と繋がってて、南アフリカの共産主義化を狙ってるみたいですよ!!」

西側諸国「え・・・まじで??」

南アフリカ政府「本当です!だってアンゴラだってソ連の力で独立して社会主義国家になったじゃないですか」

西側諸国「確かに・・・・」

南アフリカ政府「でしょ。それに、このダイヤモンドとか金、大きくて素敵だと思いませんか??」

西側諸国「そうだな°˖✧◝(⁰▿⁰)◜✧˖°」

南アフリカ政府「もし南アフリカが共産主義になんかなったらこのダイヤモンドも金も取られちゃいますよ?」

南アフリカ政府「だから、ね、わかるでしょ?仲良くしましょうよ」

西側諸国「うむ・・そうだな・・・・・・・」

南アフリカ政府「(計画通り)」

国際世論は南アフリカを批判しはじめ、1980年にはアフリカ大陸内で完全に孤立しましたが、それでもしばらくはアパルトヘイト政策が続きました。理由は南アフリカが西側諸国にとって、金やダイヤモンド、バナジウム、マンガン、クロームなどの希少な金属の産出国だったからです。これらの金属の産出国は南アフリカを除いて、西側諸国の敵であるソ連だけでした(当時は冷戦中でした)。そこで南アフリカ政府は社会主義国家になったアンゴラが亡命中のANCに活動拠点を提供しているのを利用して、「ANCは南アフリカを共産主義化させることを狙っている」と西側諸国に吹き込みました。西側諸国にとって南アフリカの希少な金属は捨てがたいものであったため、南アフリカの白人の蛮行を見て見ぬふりしていたのです。それが世界的にも非難を受けているにもかかわらず、アパルトヘイト政策を実行している南アフリカ政府がなかなか倒れなかった理由でした。

【東西冷戦終結と追いつめられる南アフリカ政府】

南アフリカ政府「最近、世論の風当たりが強いからカラードとインド系には選挙権与えるやで!黒人は知らんwww」

欧米諸国「もういい加減、黒人差別もやめろ!!そろそろ本気で怒るで!」

南アフリカ政府「そんなこといったら金とかダイヤモンドあげませんよ??」

欧米諸国「いいよ!ソ連と仲直りできそうだから!それならソ連と取引するわ(*^-^*)」

南アフリカ政府「え、ええええええぇええええぇえ!?う、うそでしょおおおおおお!?」

欧米諸国「て、わけで差別とかまだ続けるなら南アフリカとは取引辞めさせてもらうな(#^.^#)」

南アフリカ政府「(´;ω;`)ウッ…それでもまだアパルトヘイト政策は俺たち白人の夢でなすべきことなんや!!」

南アフリカの通貨ランド大暴落

南アフリカ政府「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

南アフリカ政府「アパルトヘイトってお荷物になってね??」

1976年のソウェト放棄以降は欧米諸国でのアパルトヘイトの反対運動が拡大していきましたが、それでも南アフリカ政府は黒人差別のアパルトヘイト政策はやめませんでした。しかし、1985年にゴルバチョフがソ連の最高指導者になると国際情勢は一変。西欧諸国とソ連の「仲直り」、すなわち冷戦の終結が見え始めたのです。そうすると、西欧諸国はソ連と取引ができるようになるので、南アフリカは希少金属の産出国という切り札を失うことになります。そのため、南アフリカ政府がアパルトヘイト政策の正当化を演説でアピールするたびに自国の通貨であるランドの価格は下落。また、南アフリカと取引を行っていた企業も経営基盤を守るために南アフリカから撤退しはじめました。南アフリカにとってアパルトヘイト政策は経済的に完全にお荷物になってしまったのです。

【マンデラ釈放!】

南アフリカ政府「このままやと世論と黒人に白人政府が飲み込まれていく」

南アフリカ政府「もし、黒人の革命なんて起こったら完全な黒人国家ができてしまう( ゚Д゚)オセロのように真っ黒にや・・・・」

南アフリカ政府「やつを開放するか・・・・・・・」

東西冷戦終結の流れで追いつめられた南アフリカ政府が西欧諸国の反アパルトヘイトと黒人たちの暴動で倒れてしまうことは簡単に予想できました。また、マンデラが獄中で死亡するようなことがあれば、彼は黒人社会の崇拝の対象となり、内戦が起こるという認識も南アフリカ政府内で広がっていきました。そのため、ついに南アフリカ政府はマンデラの釈放を決意します。

【帰ってきたマンデラ!】

マンデラ釈放スピーチにて

マンデラ「みんなありがとう!!!!」

マンデラ「今日、南アフリカの大半である黒人も白人もアパルトヘイトには未来がないことを認識した!」

マンデラ「我々の自由への前進を取り消すことはできない!!!!!!!!!」

1990年2月11日、ついにマンデラは釈放され、27年間の獄中生活を終えました。釈放後の第一声はケープタウンで行われ、マンデラの声を聴きにケープタウンの市役所前には10万人の聴衆が集まり、彼の釈放を祝いました。釈放後、マンデラはANCの副議長に就任。外遊を積極的に行いアパルトヘイトの完全撤廃を訴えました。

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