ネルソン・マンデラ

生涯をかけて黒人差別と闘った男の物語

主な登場人物

マンデラ・・・ネルソン・マンデラ。南アフリカ共和国の弁護士で政治家。生涯をかけてアパルトヘイトと戦った。南アフリカの英雄。2013年に死去。

【少年時代のネルソン・マンデラ】

ネルソン祖父「いいかい。ネルソン。白人が来る前の南アフリカはとっても平和だったんだよ。昔に戻れたらねぇ」

ネルソン少年「そうなんだ(゜_゜)いつになるかわからないけど、いっぱい勉強して偉くなってそんな平和だった南アフリカをお母さんに見せてあげたいな!!」

ネルソン・マンデラは1918年の七月18日に南アフリカ南東部のウムタカで生まれました。ネルソン少年は羊の世話や畑仕事を手伝いながら、祖父に白人が来る前の南アフリカが平和だったことを聞きながら育ちました。1938年にケープ東部のフォートヘア大学に入学。学生自治会と対立して退学させられて、鉱山の警備などで働いた後1942年にANC(黒人差別を反対する団体)に入りました。ここからマンデラの黒人差別、アパルトヘイトとの闘いの人生が始まります。

【アパルトヘイト以前の南アフリカ】

白人「鉱山労働法!白人鉱山労働者は黒人労働者の9倍や!!」

白人「原住民土地法!南アフリカは白人のものや!黒人は押し込んで一か所にまとめてしまえ!」

白人「原住民代表法!黒人を政治に参加させるな!」

南アフリカでは、アパルトヘイト政策が施行される前も黒人に対する差別的な政策で国民を苦しめていました。例えば、1911年に施行された「鉱山労働法」は白人鉱山労働者の権利を保護し、白人と黒人の賃金の格差を固定しました。1913年に施行された「原住民土地法」では黒人たちは南アフリカの国土の一割にも満たない「原住民指定地」でしか暮らすことを許しませんでした。また1936年に施行された「原住民代表法」では黒人代表兼を廃止し、白人議員を黒人の代表として議会に参加することになりました。この法律で黒人は実質政治に参加する権利を失います。このように、悪名高いアパルトヘイト政策の前から南アフリカでは黒人が白人によって虐げられていました。

【アパルトヘイト】

カーナー党「南アフリカを白人の国にするで!!」

カーナー党「そのためには黒人を南アフリカの端っこに追い出して独立させるのが一番や!(; ・`д・´)」

カーナー党「黒人を追いやるには日常生活でも雇用や社会保障でも政治活動分野でも、さらなる黒人差別が必要だな」

カーナー党「でも差別って言葉はあかんから「アパルトヘイト(分離、隔離)」って言ってくで!」

カーナー党「アパルトヘイト政策スタートや!」

アパルトヘイトとはアフリカーンス語で「分離、隔離」という意味です。1943年ごろから白人による黒人差別を道義的に正当化するために使われていくようになりました。アパルトヘイト政策の最終的な目的は人口の七割を占める黒人を南アフリカの端っこに追いやって独立させることでした。たとえ独立しても黒人も狭い地域では仕事がないため、南アフリカに行って出稼ぎをせざる負えません。つまり、白人は安い労働力と自分の国を手に入れることを目標にアパルトヘイト政策を施行していったのです。アパルトヘイト政策は明らかな黒人差別の政策も、表向きには「白人と黒人の文化を守りつつ共存できる社会を目指す政策」とされました。1948年にアフリカーナ(アフリカ生まれの白人)民族派政党のカーナー党が勝利しマランが政権を握ると、そこから約40年の間、黒人を苦しめるアパルトヘイト政策が次々と施行されていくようになります。

【マラン政権のアパルトヘイト政策】

マラン政権「人口登録法!誰が白人か黒人かカラードかわかりやすいようにする!」

マラン政権「人種別集団地域法!白人の居住地域から非白人を追い出して白人の利益を守るで!」

マラン政権「不道徳法の改正!神聖な白人の血を守るために非白人との夜の営みは禁止や!」

マラン政権「まだまだいくで!原住民身分証廃止・書類調整法!黒人は黒人ってわかるように身分証を携帯することを義務付けるで!」

マラン政権「まだ終わらへん!原住民法修正法!黒人が白人の住んでるとこに72時間働いたら二年間の強制労働の罰を与えるで!」

マラン政権「これでとどめや!分離施設留保法!日常で使うすべてのものを黒人用と白人用に分けるで!」

マラン政権「よし!これで素晴らしい国ができる!黒人ざまぁああああwwwwww」

人口登録法・・・1950年可決。白人、黒人、カラード(白人と黒人の混血)、黒人とカラード以外の非白人の四種類に分けて人種別に登録することを義務づける法律です。

人種別集団地域法・・・1950年可決。居住地や土地所有、店舗の営業権などを人種別に認可するものです。白人の居住都市から非白人を追い出すのに役立ちました。

不道徳法の改正・・・以前までは「黒人と白人の婚外性交渉を禁止」していた法律でしたが、改正されて、「白人と非白人の性交渉を禁止する」法律に変わりました。

原住民身分証廃止・書類調整法・・・1952年可決。たくさんあった黒人の身分証明書を一つの冊子にして黒人に携帯することを義務付ける法律です。

原住民法修正法・・・1952年可決。黒人が白人居住地域に72時間以上滞在するのは法律で禁止されており、破った場合は裁判なしで二年間の白人農場でただ働きさせる法律です。黒人の奴隷化を目的にしています。

分離施設留保法・・・1953年可決。公共の建物、交通機関や娯楽、宿泊、医療施設などを白人と非白人用に区別する法律です。白人専用のバスに黒人が乗って騒動になった話は有名ですね。

このように、マラン政権は最初の5年で黒人を白人社会から分離させるアパルトヘイト政策を可決、施行していきました。

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